深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
時速4キロの旅


エッセイに関係する映像です

 ここ数年、トレッキングという言葉が市民権を得てきた。語源はオランダ語の「トレッケン」で、旅するという意味らしい。「山麓歩き」とも訳される。
 中高年を中心に、海外の山岳地帯のトレッキングが静かなブームで、私もヒマラヤをはじめ世界の山岳辺境地帯への旅を企画し、同行している。
 トレッキングは、歩くスピードである時速四キロの旅である。ヒマラヤトレッキングでは、現地の人々の生活街道を歩きながら、神々の座と呼ばれるヒマラヤ山脈の展望を楽しめる。街道筋なので、峠の茶屋で一服したり、道沿いの集落の生活を垣間見たりもする。時速四キロの旅は、大自然の中で暮らす人々と笑顔で会釈や握手を交わすゆとりが持てる旅だ。
 ゆっくりとした時間の中でシンプルに暮らす人々の姿は、私に今までの生活を見つめ直す機会を幾度も与えてくれた。
 ヒマラヤを歩くと、豊かで穏やかになっている自分を発見することが多い。なぜか他人に対して素直にやさしくなってもいる。やはり一人では生きてはいけないな、と心がつぶやいている。ヒマラヤに吹くそよ風は、人間賛歌を呼び起こしてくれるのだろう。
 夫婦連れでヒマラヤトレッキングに参加する中高年が増えている。熟年からの健康づくり、仲間づくり、生きがいづくりに目覚めた妻に勧められ、しぶしぶ同伴した夫というパターンが多い。旅する行為は、日常性からの一時的な脱出なのだが、夫婦連れは日常を抱えながらの非日常への旅となる。
 二度目の新婚旅行の気分をちょっと味わう出発前夜。「準備が遅い」だの「手伝わない」だのと言っていると、甘い気分は空港までに霧散してしまう。荷物は一つのスーツケースに収まったが、互いの気持ちは一つに納まらない。
 弾まない会話と気まずいムードが続き、三日もたてば「こんなことなら一緒にこなければ良かった」と思い始める。そんな時にヒマラヤのそよ風に包み込まれる。
 するとどうだろう、固まりかけた氷が融解するように、お互いの心の沈殿物が流れ出し、見ていても二人の距離が縮まるのが分かる。ほほえましくうらやましい。トレッキングは、眠っている美しい自分と相手への優しさを探す自己再発見の旅、「気づき」 の旅でもある。


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