深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
吟味する日本茶の味


エッセイに関係する映像です

 海外を旅したときに必ず飢えるものがある。ひとつは日本語の活字。この飢えは、帰路便で日本の新聞を隅から隅まで読むことによって解消される。
 もう一つは、日本の味覚に飢える。どの国の人も長年親しんだ自国の味覚は忘れられないものらしい。
 来日した韓国の人たちは、いつもキムチの袋を離さず持ち歩いていた。台湾の人は、海外へもジャスミン茶のセットを持って行くらしい。
 インドの人は、他国のスーパーでも必ず香辛料の棚へ立ち寄ると開く。日本人はというと、三人に一人くらい、スーツケースの中に梅干しや漬物を忍ばせていたりする。私も、一年間アジアを放浪した上で帰国したとき、到着した空港で素うどんを求めて歩き回った。
 郷に入れば郷に従えと言うが、旅の空の下、慣れ親しんだ味に出合うとなぜかほっとするのも事実だ。辺境の土地で、一袋の日本茶ティーパックが、食後に漂う物足りなさを見事に解消してくれることもある。両手で大事そうにコップを口に運び、時間をかけ味わいながら飲んでいる。
 異国で味わいながら飲む一杯の日本茶から、私は旅のもつ効能を学んだ。日本茶を、「日常の常識」と置き換えてみると、その効能が見えてくる。異国への旅とは、ティーパックに詰めた日常の常識を、異質な価値観という水に浸すことなのだろう。
 日常生活では、なにげなく飲んでいる日本茶。しかし、目には見えない味覚は、私たちの舌に確実に記憶されてゆく。その味覚と同じで、日常の常識もいつの間にか自分の体に染み込んでいる。同じ常識を共有する輪の中にいる限り、自分の常識に疑いをもったり、吟味し直す機会は少ない。
 ところが近年、大企業の倒産やエリートの堕落、家庭内では虐待や青少年の凶悪犯罪など、これまでの常識が揺さぶられる出来事が多発している。信じていた価値観や生きる上での心の座標軸がぶれはじめ、人々は過度の不安に陥っている。
 そんな時こそ旅の効能が発揮されるチャンスである。辺境の地で飲む、ほんの一杯の日本茶の味でも、自分の日常を再点検させてくれる機会となる。
 自分の価値観を異質な世界の水に浸し、昨日までの人生と明日からの人生を吟味し直す時間を旅は与えてくれると思う。

深呼吸クラブ・デコレーション