深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
マンウォッチング


エッセイに関係する映像です

 シンガポールに行ったことのある人は多いだろう。マーライオンをはじめ観光名所も多い。しかし私にとっては、シンガポール空港ラウンジが秘密の観光スポットである。シンガポール空港は東南アジアのスクランブル交差点である。
 旧植民地時代の面影を追想する旅に来た欧州の人。アジアの緑豊かな土地へ安らぎを求めに来た中東諸国の人。聖地への巡礼に出かけるインドネシアのイスラム教徒たち。家政婦の仕事を求めに来たフィリピンの女性たち。くわえ煙草に携帯電話で寸時を惜しみ商談する中国系のビジネスマン。空港内の観葉植物の入れ替え作業をするインドからの出稼ぎ労働者たち。
 ひっきりなしに各国の飛行機が離発着を繰り返す度に、さまざまな顔や表情、骨格や肌の色、服装や言葉がラウンジを縦横無尽に往来する。次の飛行機への乗り継ぎを待つこのラウンジは、さながら動く人間博物館にいるようで、とっても楽しい空間である。
 「あっ、この人はあの国の人だろうか」「久し振りに家族のもとに帰るんだろうな」「ん? この二人はなにかひと悶着あったな」
 歩き方やちょっとしたしぐさにも、その人の人生の一端が垣間見えることもある。ちょっとした好奇心と逞しい想像力をもって、マンウォッチングの一人旅に出るのである。この好奇心と想像力を養う心が、日常の生活に彩りを与えると思う。なにも海外にまで足を伸ばさなくとも、茶の間でもこの心を磨くことはできる。
 シドニー・オリンピックの各国選手団による入場行進式。二百近くの国や地域が登場すると、私でも名前を初めて聞く国や初めて見る国の旗もある。ブラウン管を通じて初めて接する国の選手の顔つきや骨格、歩き方、身にまとう衣装のデザインや形。
 失礼な表現だが、回転寿司のカウンターで、流れてくる各種の寿司ネタを眺めている気分。魚の切り身の一部である寿司ネタからも、その漁場の光景や、魚が生息する海の深さ、泳いでいる姿にも思いを馳せる楽しみがある。
 入場行進の中継は、生きた社会科の教材だと私は思う。小学生の息子は、世界の国旗集を片手に、テレビと本を見比べていた。子供のような好奇心の目と想像する力を失ってしまったときに人間は老いてゆくのではないだろうか。

深呼吸クラブ・デコレーション