深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
手のひらにある非日常


エッセイに関係する写真です

 三年前まで、大阪と奈良との県境・生駒山の山麓にある石切という町に住んでいた。大阪城築城の際に石を切り出した場所である。皮膚病などへの効験があるとされる石切神社も有名で、関西一円から多くの参拝者が訪れる。参道は駅から約一キロ。三、四人が並ぶと一杯になる道幅である。両側には、手相見をはじめ、駄菓子、佃煮、漬物、七昧、カツオ節、刀剣、漢方薬、豆、花、オモチャなどの店が軒を連ねている。休日には百円均一で台所用品を売る露天商も加わる。天気の良い日曜日の参道は、芋を洗うが如くの活況だが、ご年配者が多いせいか、人の流れもどことなくノンビリしている。常設の縁日のようなのだ。参道を一本横に入れば、閑静な住宅地となる。日常と非日常が参道を境に対峙している。家から参道まで五分。日曜日には良く散歩に出かけた。往来する人たちを眺めているだけでも、わくわくするようで楽しい。手相見の店先に張ってある手相図の前では、ふと佇んでしまう。ほんの十数分間だが、まるで異邦人になったような気分に浸ることができる。夕暮れ時の参道は、なぜか郷愁さえも感じる。

 昨今の海外旅行では、交通の便が良くなり、秘境の地へも短い日数で行けるようになった。自宅を出発した日の夜、ヒマラヤの山麓で地酒を飲むこともできる。衛星電話が普及すれば、アマゾンの奥地で蚊に刺されたかゆみを、リアルタイムで日本のわが家へ伝えることもできるだろう。非日常世界である海外との距離がますます短くなりつつある時代。だからこそ日常におけるチョットした変化への視線を磨きたいと思う。例えば早めに帰宅するときの電車の中。スポーツ紙なんか広げず、普段は見ることのない窓の外の夕焼けをじっと眺めてみる。スーパーで野菜の値段が変化していたら、旬に入ったのかと考え、作り手の顔まで思い浮かべてみる。街ではわき目も振らぬ歩き方をやめて、行く人の服装の変化や、顔や背中の表情を読んでみる。すると日常にありながら、季節感に満ちあふれた非日常に触れられる。

 コンビニエンス(便利)な世の中では、緩やかに変化する季節が感じ取りにくい。でも晴れた日の昼下がりは、季節と非日常に触れる手のひらサイズの旅に出るチャンスなのである。


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