深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
中年の経験と知恵


エッセイに関係する写真です

 世界最高峰エベレストの山頂を極めることは、プロの登山家にとっても至難のワザである。この山頂に挑んだ五人のアマチュア登山家の話である。五人の平均年齢は、五十九歳。最高年齢は六十二歳。五人とも私の所属する大学山岳会の先輩たちである。よき家庭人でもある彼等は、二年以上も前から着々と準備を重ねてきた。私は現地との交渉係の隊員としてその二年間に接してきた。
 ヒマラヤヘの登山の成功は出発前までに70%以上が決まるといわれる。それほど、出発前には膨大な準備計画が山積しているのである。体力、技術の研鑽はもとより、登山の戦略研究、物資の調達や輸送、現地事情の情報収集や分析、そして資金調達でも頭を悩ます。ヒマラヤの登山は、大きな事業プロジェクトの遂行と同じである。出発までの準備期間が成功のカギといわれるのはそのためである。この遠征隊は、若い時代に、日本の山で同じ釜の飯を食べた仲間で構成された。大学卒業後は、それぞれの分野で社会の一員として活躍してきた。過去ヒマラヤ登山の経験をもつ人もいる。六十歳前後になり、夢を再びと立ち上がった。「頂上を極めることは目標だが、それまでのプロセスを楽しみたい」と彼等は語る。登山は、重たい荷物を背負い、汗をかき、喘ぎながら山頂という目標を目指す。苦しければ苦しいほど、目標達成した山頂では爽快な気分に浸れる。

 人生のプロセスでさまざまなことを中高年の彼らは体験している。自分に対する過信の怖さ、忍耐という苦渋の選択、思い通りにいかぬ人生……。人生のプロセスの中で得た経験と知恵が、中高年隊員たちの心強い援軍ではないだろうか。作家の曽野綾子さんは、『中年以降』という本の中で書いている。「体力の線は下降し、精神の線は上昇する。その線の交差点を見るのが、中年以降である」。若者にあって、中高年にないのは肉体の体力である。しかし、若者になくて中高年にあるのは、精神の充実という心の体力。焦らず、慌てず、仲間とともにプロセスを楽しむ……。心の中で目標達成へ静かな闘志を燃やしている先輩の顔は、若者以上に輝いて見える。人生経験という見えない蓄財は心の体力を養う。その心の体力が、第二の入生をより豊かなものにしてくれる。

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