深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
一人旅は心の成人式


エッセイに関係する映像です

 かわいい子には旅をさせろ、と昔からよくいわれる。これは、集団での旅ではなく、一人旅のことと解釈している。では何歳くらいの子を対象としているのだろうか。アフリカのある種族では、男の子がある一定の年齢に達すれば、サバンナヘの一人旅が義務づけられているという。それも半年から一年の長期に及ぶ。狩猟採集の生活をする民族の多くは、このような通過儀礼としての旅が残っていた。この通過儀礼は、男の子にとって、子供から大人の男への通過点でもある。旅先には自分の知らなかった世界があり、その世界は不安とワクワクする刺激が混在している。男の子は長期にわたり、精神的にも肉体的にも不安定な世界に身を浸す。これまでの常識が通用しないかもしれない。危険な状況に遭遇することもあるだろう。無事に帰ってこられない者もいただろう。
 でも、それは大人への階段でもあり、越さなければならないハードルでもある。そこでは自分の弱さに真摯に向き合う場面がある。逆に、見えなかった自分の心の強さを再発見することもあるだろう。そんな中で男の子は、大人の男へと変身してゆく。そして旅を終えて村に帰ってくると、一人前の男として迎えられる。大人から愛情をそそがれる側に住んでいたかわいい子は、他人へも愛情をそそぐ側の世界の住人となってゆくのである。

 一人旅とは、心の成人式ではないだろうかと思う。心の成人とは、自分の心の強さ、弱さを自覚できることであり、他人の心の強さ、弱さを受けとめられる人のことと思う。民俗学者の柳田国男は「旅」の語源を、「タビとは給へであり、交易を求むる声であったと想像している」といっている。給へとは、相手に物事を依頼する言葉である。昔の交易においては、金銭は介在せず、互いに不足するものを交換していた。

 一人旅は、未完成の心の不足を補ってゆく旅である。形骸化した成人式では、群れて暴走するが、一人になると極端に弱くなる日本の若者たち。豊かな栄養で肉体だけは一人前。でもほんとうに必要なのは、一人旅で得られるような心の栄養ではないだろうか。

深呼吸クラブ・デコレーション