深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
絵はがきの呪縛


エッセイに関係する映像です

 パリに滞在していた友人から聞いた話である。どんよりと曇ったある日、日本人の団体客がエッフェル塔を見上げながら口々に喋っていた。「残念ね、この天気……」「そうよね、やっぱりパリは晴れてないとね〜」「期待はずれだったわね」沈滞ムードが漂い始めたそのとき、一人の人がカバンからエッフェル塔の絵ハガキを取り出した。「アラー いいわね〜」「やっぱり素敵よね〜」「こうでなくちゃ、ね!」 すでに実物には目もくれず、絵ハガキを取り囲みながら納得した顔で、その場をすぐに立ち去ったという。目の前に、絵ハガキと同じ風景や光景が確認できないときに落胆する気持ちはわからないでもない。しかしそんなときこそ、自分だけの小さな発見ができるチャンスなのである。

 本来旅とは、絵ハガキと同じ風景を確認するために出かけるのではない。自分の価値観や常識を再確認するのではなく、新たな自分を再発見するのが旅ではないだろうか。価値観や風土の違う不安定な非日常世界で、もう一度自分自身を見つめ直してみる。身に染み付いた価値観からひととき脱出し、自分の心を浮遊させてみる・…、その醍醐味が旅にはある。私たちには、毎日がワクワクドキドキしていた子供の頃があった。でも大人になり、才能や実力という自分の身の丈が見え始める。年を重ねるにつれて、明日への期待や夢の枠は、どんどんと狭まってもゆく。子供の頃に過ごした一年間はとても長く感じられたのに、三十代以降に過ごした一年間のなんと短く感じることだろうか。夢も心もフワフワと浮遊し、毎日が輝いていた子供の頃には、心の秒針もゆっくりと動いていたのだろう。

 逆に、一年先が読める安心感や変化のない生活の退屈さは、心の老いを刻む針の速度を一気に早める危険をはらんでいるのかもしれない。そこでは、新たな自分を再発見する努力は忘れがちになり、今ある自分を納得させる作業が始まっている。「まあ、こんなもんよ」「うん、わかってるよ」「しかたないわね……」。自ら吐くこれらの言葉は、毎日心に少しずつ積み重なり沈殿してゆく。
 年齢にかかわらず、この沈殿物の深さがその人の心の老いを測る物差しではないだろうか。

深呼吸クラブ・デコレーション