深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
ほほえみの贈り物


エッセイに関係する映像です

 私は、その人の微笑みに吸い寄せられるように、歩みだしていた。重要人物の身辺警護をするSP(特別警察官)が、両手を広げて私を遮ったにもかかわらず、その方は優しい微笑みを向けてくれていた。二十年前、京都の一流ホテルのエントランスでの出来事である。ダライ・ラマ十四世。微笑みの主は、チベット世界の精神的指導者だった。学生時代から私は、ヒマラヤやチベットに大きな関心をもっていた。一年間大学を休学してチベットに潜入しようという無謀な計画を企んでいた矢先に、師の来日記事を読んだ。「どうしても会いたい」と講演終了後、宿泊先のホテルヘと先回りし、ファンのように待っていたのだ。
 交渉の結果、翌日の朝二時間ほど、師の部屋で話をすることができた。瞑想を終えた後の師のまなざしは、深遠な海を見ているようにも感じた。微笑みながら語るバリトンの声は、私を優しく導いてくれているようだった。温かさに包み込まれた二十歳の私。とげとげしい心の角を溶かすような深みのある微笑みは、幼少からの悲劇を経て生まれたと後になって知る。

 人生には、数々の出会いがある。後で振り返ると、あのときの出会いが人生の夕―ニング・ポイントであったと思うことがある。私にとって、師との出会いは、まさしくそうだった。その後、私はインドのチベット難民の村で語学を学び、ヒマラヤ山麓の寒村でも長期滞在した。帰国後、さらにチベットやダライ・ラマ個人に関する文献の多くを読みあさった。チベットに入れるようになってからは数度渡航し、師が亡命前に住んでいたポタラ宮殿にも足を運んだ。私はダライ・ラマ師を通じて、世界の山岳辺境地帯の魅力の虜になった。一人の人物の微笑みとの出会いが、その後の私の人生をすこしずつ熟成してくれたのである。

 言葉の通じない旅先では、やさしい笑顔に出会うと心の扉が開く瞬間がある。
 出会いはなにも旅先だけでなく、庭先や街角、通学通勤途中、夜の盛り場など、日常のありふれた場所にも訪れる。たったひとつの微笑みが、人を励ましたり、救ったり、安らぎを与えたりする。ダライ・ラマ師から教わったのは、微笑みは温かい心のメッセージだということだった。

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