深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
入れ墨師・ネズミ先生


エッセイに関係する写真です

 タイに住む友人から「ネズミ先生」と呼ばれ、尊敬されている人物を紹介されたことがある。ネズミ先生の住む町は、土地が低く、雨期にはほとんどが水に浸かるらしい。そんな住環境の悪さからか、町の住民は世の中の裏街道を歩く人たちが多いとも聞いた。簡素なつくりの彼の家の玄関は、脱いだ靴で一杯だった。ミシミシと鳴る粗末な木の階段を二階に上がったとき、思わず私はたじろぎ、足がかすかに震えた。私の目には、三十人ほどの上半身裸の男たちが映った。その裸の背中では、彫られた入れ墨が舞う様に踊っていた。

 ネズミ先生の生業は「入れ墨師」だった。タイでの入れ墨の歴史は古く、戦士たちが戦闘の際に、恐怖心に打ち勝つために守護神の彫り物を体に刻んだのが起源らしい。カラフルな日本のそれとは違い、墨の単色で図柄も仏教の守護神やお守りの呪文が多い。ネズミ先生が、長さ六十センチの針を両手で構え持ち、微妙に右手を勤かすと、若者の背中や太股、さらに頭部にまで見事な絵が浮かび上がってくる。彼は、入れ墨を施す前に誓いをさせる。「ウソを言わない」「父母の悪口は言わない」「麻薬と酒には手を出さない」など、わかりやすい言葉で説かれた人の道である。誓いを破ると、背中の守護神の怒りに触れるらしいので、若者たちは神妙にうなずいている。でも、先生は休憩の時間にタバコをうまそうに吸いながら、ミネラルウオーターをガブガブと飲むような、庶民的な雰囲気の人である。私は、「ネズミ先生」とはよく命名したものだ、と妙に感心していた。人の道に外れそうになり、良心の呵責に苛まれた若者を、ネズミ先生は独自の導き方で諭すのである。

 私が子供の頃、近所には必ず「雷おやじ」と呼ばれる人がいた。他人の子供でも、人の道に外れると叱り飛ばしていた。怖い存在だったが、叱られた言葉は妙に頭に残っている。日本の経済成長とともに、そんなおやじはどこかへ消えてしまったようだ。最近、殺人事件や家庭内虐待のニュースが毎日のようにテレビで流される。物質的に豊かになればなるほど、私たちの心の貧困さが浮き彫りになってくるのはなぜなのだろう。雷おやじが存在しない現代では、自らが胸に手をあて、心に良心を取り戻す作業を繰り返しおこなうことしかあるまい。

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