深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
手荒な男の休日


エッセイに関係する写真です

 数年前、厳寒の二月に極東ロシアを訪れた。ダイヤモンドダストが空気中に舞うぐらい凍りついていたある日、ロシア人の知人が「伝統的な男の休日の楽しみ方を教える」と私を誘った。アルセニエフという町から車で三時間ほど。周りに何もない田舎の一軒家へと連れていかれた。氷と雪が家を取り巻き、雪の上には狼の足跡が残っていた。マイナス二十度。誰も住んでいないその家に入ると、外気温以上の薄ら寒さを感じた。部屋に入るなりペチカの火をつけ、ロシアの男たちは安物のウオッカの瓶を回し始めた。二時間後、暖炉の上ではボルシチの鍋がグツグツと煮えていた。部屋の温度は二重窓によってどんどん上がり、われわれは全員上半身裸となった。

そのうちに夜も更け、素朴で骨太のロシア男の休日は佳境に入っていく。
 「俺は、狼の遠吠えを子守歌にしていたんだぞ!」「なに!俺はオフクロからウオッカの乳をもらったんだ!」「ならば、俺もいわせてもらうが、このヒゲは熊の王からもらったんだぞ!」他愛もないホラ話の合間には、男たちの哀愁をおびたロシア民謡が夜のしじまに流れてゆく。ウオッカ、ボルシチ、歌ですっかり体と心がホッカホッカ状態になったとき、男たちはみんな服を脱ぎ始めた。「サウナヘ行こう!」。庭先には、隙間風が吹き込む掘っ建て小屋があった。私も素っ裸で、雪の上を走りその小屋へ駆け込んだ。隣り合った人の汗を落とすために、白樺の葉で背中を叩き合う手荒い歓迎が待っていた。

 最後の仕上げは、素っ裸のまま奇声をあげて小屋の外へ出て、雪の上にジャンプするのである。私は雪の中でガチガチと震えながら思っていた。日本でも、男たちが素朴で力強い休日を過ごしていた時代があった。粗野で手荒いが、互いの心の力こぶを共感していた時代が。しかし、現在。休日はうかうかゴロ寝もできず、買い物につきあうと、階段の踊り場で待ちぼうけ仲間がいるが、悲しくも共通の話題がない。

 男たちは、所属する組織の外での心の鎧の脱ぎ方を忘れてしまい、加齢とともに無口になっていく。休日には、接待ゴルフで作り笑いを浮かべるよりも、ユーモアあふれるジョークの一つでも考えてみたいものだ。

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