深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
世捨て人の定年


エッセイに関係する写真です

 インドを旅すると、驚かされることが多い。山奥にヨガの聖地と呼ばれる場所がある。修行者の姿を初めて見た時、私はこの世のものと信じることができなかった。顔を土の中に入れ、そのまま静止している人がいる。「息をしているんだろうか?」と心配してしまう。カエルのような姿勢をとり、これまた静止している。「何を考えているんだろうか?」と思案してしまう。大木の枝に何人もぶら下がり、逆さまの状態で腕組みをし、延々と静止している。「大きなコウモリ?」とわが目を疑ったりもした。修行者の多くは、髪やヒゲは伸ばし放題、半裸に素足の人もいる。彼らは、いわゆる世捨て人である。インドでは、人生を四つの時期に分けて考える人生観があるらしい。勉学し学ぶ第一の期間、一家の家長として働く期間、林の中で思索する林住の期間、そして聖地を巡りながら死を迎える遊行の期間。林住期と遊行期に入った人たちは、家庭生活やお金儲け、社会活動など世俗の甘いも辛いも体験済みの人たちなのだ。バザールの店主の中にも、四十歳代で準備をはじめ、息子が一人前となった五十歳代には、聖地を巡る旅に出掛ける人も多いと聞く。

 かたや日本では、定年後の生活に入り、当惑している中高年男性が多いと聞く。年間3万人を超える自殺者の多くは、中高年男性であるらしい。家庭の事は二の次で、一生懸命会社で働き、やっと迎えた定年。しかし笑顔で迎えてくれはずの妻は、すでに第二の人生へ出発済み。後を追いかけようにも、どの靴をはき、どちらの足から踏み出せばいいのかもわからない。一人で見る朝のワイドショーで、男の平均寿命が七十七歳と聞いてしまい、「ああ、あと二十年……」とため息まじりにつぶやいてしまう。

 世の中のお父さん方、今からでも遅くはない。定年、それは円熟した思索の期間の始まりを、自ら心で定めた年ではないだろうか。これまでの価値観や先入観を一旦白紙に戻す勇気が妻の笑顔をとり戻させ、また、第二の人生を後押ししてくれるはず。そして、濡れ落ち葉はやがて腐葉土となり、新しい時代の活力源になれると思うのだが…。

深呼吸クラブ・デコレーション