深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
タンゴの物語り


エッセイに関係する映像です

 アルゼンチンの首都・ブエノスアイレス、夜十時。日中の喧騒が消え去った石畳の広場の片隅に、こぢんまりとした入り口と申し訳程度のピンクのイルミネーションが点灯する店がある。車が三々五々集ってきて、盛装した熟年のカップルや顔を上気させた若い夫婦らが、店の中へと吸い込まれてゆく。店の中に足を踏み入れると、吹き抜けの二階席があり、幕の下りた舞台。観客席にはタバコの煙りとグラスの触れ合う音、そして重なる笑い声がこだましている。

 突然、激しく速いテンポでアコーディオンが奏でるタンゴの短調の旋律が響き渡り、幕が上がる。舞台では、男女が官能的に腰をくねらせ、ステップを切りはじめる。

 タンゴとはラテン語で「触れる」という意味をもつらしい。男がリードし、女が身をゆだねる。アルゼンチンなどは、ヨーロッパをはじめとした各国からの移民が国を支えてきた。移民による文化の代表的なものがタンゴだ。スペインの情熱の踊りであるフラメンコがもとになっている。百年ほど前、言葉の通じない各国からの移民は、理想と現実のギャップに心がささくれだったとき、ミロンガと呼ばれる広場に集った。言葉は通じあえないが、互いの体温を感じる踊りで心を癒しあった。これがタンゴの発祥である。

 ヒマラヤ山麓の民シェルパ族。山岳案内人である彼らの多くは学校も満足に行っておらず、アルフアベットも書けない人もいる。しかし、流暢な英語を話す。子供の頃から、ヒマラヤ遠征隊やトレッキング隊の下働きをして、大自然の中で外国人と心と心が触れ合う濃密な時間を共有しているからだろう。彼らは、英語文法を正確に表現するよりも、「大らかな包容心と、誇り高き信念」という心の文法に忠実な生き方をしている。

 言葉とは、記号のみの手段ではなく、心の表現であるはず。単語の語彙数の多さや間違えない文法ばかりに気をとられると、言葉が持つ本来のいきいきとしたものを失わせる。タンゴ発祥の物語やヒマラヤのシェルパ族のように、真のコミュニケーションとは、互いの裸の心の文法を汲み取ることではないだろうか。

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