深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
家の骨組み


エッセイに関係する写真です

 世界の辺境の土地を巡りながら、「家の骨組み」について考えたことがある。モンゴルの草原地帯の遊牧民は、ゲルと呼ばれる円形テントの移動式家屋に住む。
 木の骨組みとフェルト地の覆いのみで、三十分もあれば組み立てが完了する。移動中心の生活は、家財道具も生活スタイルもシンプルだ。仏壇と食器棚、簡単な台所用品に囲まれたテントの中、食事時には鍋の湯気が家族全員を包み込む。夜は、ひとつのテントに家族全員が身を寄せながら布団に入る。満天の星空の下、一人ひとりの寝息が夜露に濡れるテントの中を温める。

 ボルネオ島のイバン族の人たちは、ロングハウスと呼ばれる家に住む。高床式住居で、名前の通り横が長いジャングルの中の集合住宅。高床にした日本の長屋の風景である。簡素な仕切りだけの空間に、十数家族が共同生活をしている。出入り口は一ヶ所のみ。渡り廊下は、共同の炊事場や洗濯場であり、子供たちの遊び場にもなる。彼らの家の骨組みは、竹や木といった質素な素材だけだが、なぜか安定したやすらぎ感が漂う。家族の語らいの場である「家」が、シンプルに、そして力強く機能しているからだろう。

 社宅アパート群の中で育った私の少年時代。隣の家からは、夫婦げんかの声やピアノを練習する音などが壁を通して聞こえていた。夕暮れどきに階下の家から漂う匂いは、子供の私の空腹感をより一層刺激した。電話を最初につけた家の人は、嫌がらずに隣近所への取次ぎをしてくれた。生活の匂いが嗅ぎ取れる距離とは、隣の人同士の心を温めあう距離でもあった。しかし、現代では家の中でさえ、家族同士が厚く冷たい心の壁に苦しんでいる。自己の存在証明を示すかのように、マイホームを建てることに執心するサラリーマン。ローンを抱えながら建てた自分の家にいる時間は少ない。せっかく建てた家の中での自分の存在感はしだいに希薄になり、子供たちは個室の中で心の扉に鍵を締めはじめる。

 心のやすらぎ度は、贅をつくしたインテリアや立派な外観など、目に見えるもので測ることはできない。シンプルな生活であっても、家族の笑い声やなにげない団欒の時間、他者と共有する心の輪があれば、やすらぎ度の温かさは保てるはず。その温かさが、家を構成する、一本一本の心の骨組みではないだろうか。

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