深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
アジア女性の底力


エッセイに関係する写真です

 アジアには、まだまだパワフルなオバサンがいっぱいいるから楽しい。なかでも下関と韓国の釜山と結ぶ関釜フェリーで出会ったオバサンたちは横綱クラス。

 彼女たちは、いわゆる運び屋さんである。玄海灘を越えて、両手で持てるだけの荷物を運ぶ。二十年前に初めて出会ったオバサンたちはバナナの束を抱えていた。当時の韓国では、日本経由の台湾バナナが人気だったのだろう。久し振りに乗った二年前には、日本のオーディオ機器の箱を重そうに担いでいた。彼女たちは、―週間に何度も玄海灘を越えて、いろいろな物資を運んでいる。
 顔のシワと腰のまがり具合から見て七十歳を超えているような人もいる。出航前の下関港では、車座になりピーナッツをほお張りながら、けたたましく笑い声をあげている。ほんのり赤い顔をした人も幾人かいる。チマチョゴリで踊っている人もいる。四十人くらいのオバサンの集団は、存在だけでも充分壮観な風景だ。

 十八歳、初めての海外渡航がこの航路であった。不安でいっぱいの私には、このオバサンたちが怖かった。明るくもアヤシげなパワーに圧倒されていたのだろう。二年前には、オバサンの一人から日本語で声をかけられた。「兄さん、どこいくの」。この声をきっかけに、夜行航路の中で、私とオバサンたちとの交流が始まった。「はじめてかい。韓国は」「一人旅か、フ〜ン」「親は心配しとらんの」。矢継ぎ早な質問とともに、「マアー杯飲み!」「兄さん、エエ男やな」と、すぐに会話もくだけていった。ビールやたばこをいただきながら、私はたまらなく嬉しかった。

 節くれ立った手、日焼けしたシワだらけの顔、そして雑魚寝の二等船室のエンジン音を物ともしない豪快な笑顔に取り囲まれていた。アジアの下町やバザールには、屈託がなく、闊達でいて涙もろく、ちょっとお節介な肝っ玉オバサンがいるから楽しい。飾らない彼女たちのちょっとした親切が、一人旅の心の隙間を埋めてくれる。かかとをしっかりと大地につけながら、アジアのオバサンは生きている。茶髪のニイちゃんを胸をはって諌めたり、堂々と言葉の通じない外国人と交渉してゆく。どうも、パワフルなオバサンの存在が、その国の心の大地のエネルギーではないかと最近感じている。

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