深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
宇宙観の伝承


エッセイに関係する写真です

 アジアはファッションの素材の宝庫だと思う。特に辺境部に住む少数民族の女性が担う染織技法にそれを感じる。男性の民族衣装の多くは機能性重視のデザインであり、文明化が進むにつれて画一化してゆく傾向にある。なぜ辺境部の女性は、独特の色彩と配色で質の深い衣装を保っているのか、とインドネシアのヌサテンガラ諸島を旅しながら考えていた。観光地で有名なバリ島の東に点在するロンボク、スンバ、フローレス、ティモールなどの島々である。各島で伝統的な技法でつくられるイカットと呼ばれる絣の腰巻スカートは、独特の文様、色彩、配色があり、欧米のデザイナーも注目している。いまや絣を意味する世界共通語にさえなりつつあるイカットは、インドネシア語で「くくる」という意味がある。

 スンバ島の農村でイカットの機織りの現場を見た。朝の家事を終えた女性が、木陰に置かれた織り機に座っていた。傍らには母の手元を眺めている女の子。女性が座るゴザの横で鶏がエサをついばんでいる。高床式の家の下から涼しい風が吹き抜ける、まことにのどかな光景である。ふと気が付いた。彼女は描かれたデザインを見ながらではなく、黙々と手元だけを見ながら織ってゆくのだ。頭の中には文様の完成図がイメージされているのだろう。スンバ島独特の文様は、動物を多用する特色がある。ワニやニワトリ、馬、亀など、すべて精霊が宿るとされる生き物である。自分の母親の手元を見て、その文様の織り方を覚えたと彼女は言っていた。その彼女の手元を娘らしき少女が見ている。

 アジアに残る独特の染織の多くは、タイ北部やインド、中央アジアの辺境部に住む女性の手による。彼女らの多くは、独自の精霊や祖霊の存在を心に宿しながら生活している。科学的にものごとを判断しがちな男性に比べ、女性は感性が鋭く、現実を超越する事柄にも柔軟である。言葉や図柄では表現できない、彼女たちの宇宙観が手先の動きによって伝承されてゆくのだろう。

 「イカット=くくる」という言葉からは、母と娘の心と心を紡ぐ意味も感じる。紡がれた心から生まれる文様や色彩は、心の無形文化財としていつまでも伝承されていってほしい。

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