深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
半世紀という長さ


エッセイに関係する写真です

 秋祭りの時期が近づくと、私の村では幟が秋風に揺れ、夜には神楽を練習する囃子の音色が流れはじめる。祭りの夜には、親戚が集い、子供たちはお宮で神楽を朝まで毛布持参で見ている。大人たちはストーブの周りで、背中を丸めながら振る舞い酒を飲んでいる。神楽の夜の光景を見るたびに、私はヒマラヤの仏教国ブータンを思い出す。ブータンにも仮面の舞が残っている。舞い手の衣装の色彩は鮮やかで、ヒマラヤで神の化身といわれる鹿のお面などが使われる。特定の月の十日には、ツェチュと呼ばれる四日間も続くお祭りが各地であり、里帰りをした人たちが旧交を温めたり、着飾った若い男女が出会ったりもする。
 仮面の舞にあわせてシンバルや太鼓、ドラなどが素朴で力強い音色を響かせ、舞う側も見る側も至福の表情を見せている。

 その場にいた私は、この国のお祭りがもつ深い意味について考えていた。伝説上の生き仏たちの功績や教えが、仮面の舞の物語の中に織り込まれている。その昔、文字を知らない人たちに仏教の教えを伝えるためにこの舞が生まれた、と現地の人から聞いた。仮面の舞は、伝えてゆく歴史の生きた教科書であり、人々に日々の生活を振り返る機会を与えている。時代が変わっても、不変であるべき心の待ち方を仮面の舞は教えているのかもしれない。五年ほど前、このブータンから広島に来た僧侶に出会ったことがある。その僧侶は、広島に着くなり驚きの表情で私にこう語った。

 「日本人はミラクルだ」。初めて来日する前に、原爆投下直後の広島の写真を見ていたらしい。「私の国では、五十年という歳月でこんなに風景が変わることは信じられない」悠久の自然景観、ヒマラヤを背後に生活するブータンの人にとっては、半世紀という歳月で、物事や風景は変わらないのだろう。コンピューターが世界をますますスピーディに変化させてゆく現代。昨日の経験が明日には役立たなくなり、常に後ろから追い立てられている気分の日々。街の景観も絶えずうつろい、先が読めない苛立ちや焦りが心のものさしをますます短くさせている。しかし日々の小さな感謝や他者への思いやりといった心の景観は、五十年たっても不変であってほしい。

深呼吸クラブ・デコレーション