深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
伝えたい絆


エッセイに関係する写真です

 鬱蒼としたジャングルの広がるニューギニア。この密林の中で今でも石器時代のような生活をおくっているダニ族の女性の中に、指の関節を切り落とした人を見かける。鈍器によると思われるその切断は、親族が亡くなったときにおこなわれる。近しい人の死への悼みを、わが身をもって共有するためだと現地で聞いた。現代の日本では、到底考えられないほどの人と人との濃密な絆。

 先日、日本人男性と結婚して大阪に住むチベット人女性の話を聞いた。彼女の両親は、遊牧の生活をしていた。大家族で、いつもうるさいくらい家の中は賑やかだったらしい。日本に来て彼女が一番驚いたのは、家族が食事のときにテレビを見ながら、ほとんど会話を交わすことなく食べることだった。チベットでは、僅かなおかずであっても、家族が集い一日の出来事を話し合いながら食事をするという。私がチベット人の家庭に滞在したときも同じような家族の団欒風景だった。団欒の中から父親の力強さと母親のやさしさやおもいやりを学んだという彼女は、家族の絆の大切さを訴え、日本での自殺者の悲惨さにも心を痛めていた。互いに無関心ではなく、温かい団欒の食事があれば、自殺を思いとどまったかもしれない……、と。便利さを極限まで追求する現代社会では、他人どころか家族に対しても無関心な生活ができる。

 一方で辺境ではどうだろう。自然環境も過酷であり、衛生的でもない。しかし、その辺境に住む子供たちの目はいきいきとし、老人たちも矍鑠としている。小学校もないチベット辺境の子供の闊達な表情と、豊かなはずの日本の子供が夜十時頃の塾帰りの電車の中で見せる表情の違い…。酔っ払ったり疲れ果てていたりする大人を見ていたのでは、将来の夢や希望を明るく抱くこともできないだろう。辺境に住む子供にも、日本の子供にも、未来は明るく希望に満ちたものであってほしい。明るい未来への鍵は、人と人との「心の絆」にあると私は思っている。辺境の地に残る、あるいは日常生活のちょっとした瞬間に現れる人々の心の絆を、私たちの心の原風景として未来へ伝えていきたい。

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