深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
豊かさの意味


エッセイに関係する映像です

 「今まで行った外国でどこが一番好きですか」と聞かれたとき、私はこう答える。「心の表情が豊かな土地が好きだ」と。観光名所や風光明媚な景色の記憶よりも、さまざまな人が見せてくれた心の表情が、私の旅の財産であると思っている。その表情は、日常のなにげない仕草やちょっとした所作の中から滲み出てきたものばかりである。そして、相手の表情のなかに、みずみずしい命の輝きや、力強く逞しい生命力、共有する安らぎの時間など心の豊かさが感じられたとき、そこは忘れられない土地になる。

 極寒の北極圏。犬ぞりを操る父を憧憬のまなざしで見ていたイヌイットの少年の幼い横顔には、青い心を研磨する強い意志が浮かんでいた。ニューギニアのジャングル。黙ってどこまでもついてきた半裸の少年のつないだ手の温もりは、彼のつつしみ深い心の温度だった。内戦の傷跡が生々しいアンコールワット。はにかみながら土産物を売る義足の少女の目には、明日への希望という心の灯があった。炎天下のシルクロード。葡萄棚の下で出番を待つオアシスの踊り子たちの凛とした背中には、清涼感のある心の誇りを感じた。玄海灘を運び屋として往復するチマチョゴリを着たオバサンたち。逞しい赤ら顔には、根太い心の芯のような深い皺が刻まれていた。桃源郷と呼ばれるフンザの里。白壁にもたれ、たばこをくゆらす長寿の老人には、心の静寂さが漂っていた。乾燥したチベット高原。地響きをたてながら五体投地をする巡礼者の無垢な心は、埃だらけの顔を輝かせる光沢だった。

 彼らの心の豊かさとは、着るものや食べるもの、住む家といった世俗的な物欲とは対極にある豊かさではないだろうか。生きることにシンプルな節度と誇りをもつ人々の心の泉では、豊かな表情の湧き水が絶えることがない。しかし、コンピューターを駆使する社会に住むわれわれの心の泉は、果たして豊かな水量といえるだろうか。人間にとって、一番辛いことは心が渇いてしまうことである。辺境への旅は、私に豊かさの意味を問い直す機会を与えてくれた。そして、称賛されるべき人とは、肩書きなど社会的アクセサリーの多い人ではなく、小さな幸せを喜ぶ心の豊かさを持つ人であることを教えてくれた。

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