深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
フロンティアの風・パタゴニア


エッセイに関係する映像です

 人間50年近く生きてくると、「偶然と思える出来事も、必然の結果なのでは…」と感じる場面に多く遭遇する.昨年12月に関野吉晴さんの講演を広島で聴いた.壮大な人類の移動の歴史を、関野さんはまるで絵巻物を紐解くように、言葉を噛み締めながら語ってくれた。

 その朴訥な語りは、ほどよく抑制された高質度のドラマのナレーションを聞いているかのようだった。関野さんの著書「グレートジャーニー全記録I(移動編)・我々は何処から来たのか」の本編冒頭は、ブンタアレーナスという町の描写から始まる。本年1月9日昼前、その町の空港に私は降り立った。降り立った目的は二つ。南極へのアプローチ、そしてパタゴニア地方での最新山岳事情調査である。関野さんの話を聞いてから一ケ月後に、グレートジャーニーの出発点であるパタゴニア地方を訪れるという幸運…。そして今年は日本による南極観測開始50周年にあたる年。宇宙飛行士の毛利衛さんや作家の立松和平さん達が昭和基地を訪れ、いつになく南極の露出度が高まっているその年に、私自身も南極に足跡を残すことができた幸運も加算されたのである。もうこうなると、偶然の出来事であっても、なにか大きな力によって、地球の裏側まで導かれたのではないか、と思うのである。

 “なにか、大きな力”、そうなのである。旅の道中、いつもこの言葉は私の心を揺さぶっていたのである。不思議なことに、パタゴニアの大地を移動していると、私の脳裏には幾つかの光景が浮かんでは消えるのである。それは、アラスカの原野にボツンと置き去りにされていた廃屋であったり、チャンタン高原を砂埃をあげて疾走するガゼルの群れや、タクラマカン砂漠のオアシスで接した節度と誇りある村人たちの表情であったりした。

「なぜなのだろう?」

 昨今のパタゴニア地方も、ご他聞に洩れずインターネット社会がすでに到来している。プンタアレーナスの町中にあるインターネット・カフェでは、日本語でヤフー検索画面が表示される。隣の席にインターネットでテレビ会話を楽しんでいる若い娘がいるくらいだ。長距離バスの運転手が携帯電話で諸連絡を取り合い、国立公園内のロッジでは流暢な英語を話す女性がフロントに座っている。チリの良好な経済状態を反映しているのか、社会的インフラの整備は急速に進んできたように感じる。しかし、なにかが確実に失われていないのである。もちろんパタゴニアの大地を吹き荒ぶ風や浮かんでは流れ消えてゆく雲、延々と続く無辺の大地やそこに生息する生き物達、など大自然が醸し出す幾多の表情も失われていなかった。

 しかし、私はそれ以上にもっと大切なものが失われていない気がしていた。それは、白髪のウェイターの目線の配り方や送迎車の運転手の口調、ホテルの女性スタッフの何気ない物腰などから感じるものなのだ。「フロンティアの空気感」とでも言っていいだろう。私にとっては非常に居心地が良く、心地いい感触−その触感がパタゴニアでは失われていなかったのだ。背伸びすることなく、しっかりと大地に踵をつけながら、自然の恵みに感謝し、人肌の温かさを裏切らない日々の暮らしを大切にする…。そのフロンティア特有の空気感は、アラスカの原野やチャンタン高原、タクラマカン砂漠、そして世界の秘境・辺境地に暮らす人々に共通している日々の営みの風景でもある。

 今回私をパタゴニアに導いてくれた ”なにか、大きな力”、 それは関野さんをはじめ、「フロンティアの空気感」に居心地のよさを覚える人達の「ご縁」ではなかっただろうか。

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