深呼吸クラブ・ヘッドメニュー
 
地球の軸足・南極に立つ


エッセイに関係する映像です

 「いつかは実現できるだろう・・」

 1992年4月,地球のテッペン・北極点で私は新たな夢を抱いていた,ま〜るい地球にも軸足がある。それが北極と南極、この二つの極地を訪れ、自分の足で「地球をサンドイッチ」する.マイナス27度の北極点で、私の胸だけは沸々と熱気が上昇していた。それから15年…

 「ほんまに実現できるんかいな‥」

 2007年1月。南極へと向かう小型飛行機の機内。荒天で名を馳せたドレーク海峡の上空で、硬くて狭い座席にサンドイッチされながら、身動きできない私は―抹の不安を抱いていた。前日は南極上空の天候が好転せず、行程半ばにして泣く泣く引き返していたのだ。残されたチャンスはこの日のみ…。日本から北極点までは片道5日だった。奇しくも今回同じ日数をかけて南極へと到達しようとしていた。太平洋上空にて日付け変更線をひとっ飛びし、座席に根が生える直前にチリのサンチャゴ着。翌日の朝、時差ボケの頭にスペイン語のモーニングコールが陽気に響いていた。南米大陸南端の街・プンタアレーナスまで国内線で4時間半。座席では新しい根が育とうとしていた。

 マゼラン海峡からの心地いい風で、強張った尻の筋肉がようやくほぐれようとした矢先だった。

「セニョール!×△※○×□※、sorry!」 「えっ何ゆうたん?ソーリーって、お宅何でアヤマっとるん?」。

 振り返りもせず、南極行きのパイロットは頬に笑みを浮かべながら消えた。南極フライトの同乗者、スペインのワイン城のオーナーが訳してくれた。

「天気悪いんやて。気長にいきまひょ、やて」 えっ!「オーマイヒップ!」

思わず脊部に手が伸びた。それから延々と出発ゲート内や中継地空港の掘っ立て小屋の中では、キョロキョロとしてはヨタヨタと歩き、座ってはウ〜ンと唸ってモゾモゾと身をよじる妙な一団の姿があった。少々お尻を突き出しヨロヨロと数歩歩いては相性の合いそうなベンチを空ろな目で探す…。私達は南極に到達する前に、自らが少々くたびれた新種のペンギンと化してしまった。

「とうとう来たで〜!」

 度重なるスケジュール変更や長時間の移動距離に対する忍耐力と少々の経済力さえあれば、南極到達の旅は一般人にも門戸が開かれている。南極の中でも比較的温暖な気象条件下にある、キングジョージ島まで片道3時間のフライトだった。タラップを運んで来るチリ観測基地のスタッフは、日本の冬山程度の装備だった。扉が開く瞬間、冷気の侵入に身構えたが、なんと外気温はプラスの2度…。

「えっ!ほんまにここが南極?」

 大陸全体が厚い雪氷に覆われ、ブリザードが一瞬にして視野を白濁させる、そんな南極に対しての固定観念が多くの人にはある。しかし、南半球の1月は夏真っ盛り。さらにキングジョージ島では、チリ、ロシア、中国など各国の基地が軒を連ねている。ゴムボートに乗って向かったペンギン営巣地では、ペンギン達が快適に海水浴しているような光景にも出会った。アザラシ達は柔らかい砂地の海岸でお昼寝の真っ最中だった。室温調整中とはいえ、ロシア基地内のコックやチリ基地内の土産物ショップのオネーさん達は、額に汗を浮かべながら半袖で忙しく動き回っていた。

「地球をサンドイッチしたお味のほどは?」

 日本に帰国した数日後のこと。北海道がマイナス20度前後というニュースを聞いた。隣で家内が、波打ち際を愛らしく歩いているペンギン達のビデオを見ていた。片道5日の南極より、空路2時間前後の北の大地がよりシバレていたなんて…。地球をサンドイッチして昧わった食後感…、それは、意外にもシンプルなものだった。「やっぱり自分の目で見てこなイカンな〜」ということ。

チェリー・ガラードは「探検とは知的情熱の肉体的表現」と述べている。与えられた画一的な情報ではなく、自らの五感で感じ取る肉体的情報が新たな知的情熱を育むのではないだろうか。

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