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チベット最新事情 天空を駆ける列車


エッセイに関係する映像です

 早朝8時ラサ駅…。

 2009年8月16日早朝8時。私はチベットのラサ駅のプラットホームにいた。今回の旅の目的は、東チベット地方の視察と青蔵鉄道乗車にあった。前夜は、チベットでは珍しく嵐の夜となった。ライトアップされていたポタラ宮殿も、その白い巨大な壁を漆黒の闇に溶かされていた。その天候のせいなのか、酸素の薄さに体が十分順応していないせいなのか、浅い眠りのまま朝を迎えていた。ラサ時間の8時は、実質的には6時前後である。北京とラサの間には、事実上2時間程度の時差が生じている。前夜の雨が路面をしっとりと濡らし、チベットとの別れを惜しんでいてくれるようだった。

 チベット大量物流時代

 青海省・西寧とチベット自治区のラサを給ぶ、総延長1956kmの青蔵鉄道は、2006年7月1日に開通した。この鉄道の敷設は困難を極めたという。第一に、その通過する高度である。列車が通過する最高地点が、海抜5072mのタングラ(唐古拉)峠である。その近くにある、タングラ駅は世界一高い(標高5068m)鉄道駅となる。さらには総延長1956km中、1000km弱が海抜4000m以上なのである。それだけで悪条件下であるにもかかわらず、人跡未踏の野生の大地や永久凍土の不毛の荒野が広がっているのである。列車内の構造にも、その悪条件下での工夫が多々見られる。耐圧ガラスの窓や酸素供給チューブの設置などなど…。言ってみれば、現代の技術の粋を集めた鉄道なのである。そして驚くのは、その列車の本数の多さである。ラサを出発する便は、1日平均10本以上ある。その最終目的地もさまざま。私たちの列車は、北京西駅が最終目的地であった。それ以外にも、西寧、成都、蘭州、上海、重慶、広州などが最終目的地表示されていた。ちなみに、ラサ・北京間は2泊3日がかりの車中旅。旅客用列車だけでなく、物資輸送の貨車の姿も多く見た。これだけ多くの都市間を結ぶ大量輸送の鉄道の影響は、ポタラ宮殿内部の見学時にその一端が垣間見られたのだ。どこを向いても都市部から来た、漢族系中国人団体観光客の姿である。夏休みのせいか、家族連れの姿が多い。そして、漢族系ガイドのキンキン声が宮殿の中にこだましていた。ラサの中心地・ジョカン寺の周囲(パルコル)には、貴金属や骨董品を扱う大きな店が軒を連ねていた。その多くの店の看板は、大きな漢字表記と、申し訳程度の大きさでのチベット文字表記となっていた。鉄道敷設に伴う大量の物資と人間の流入は、これまでのチベット生活圏の変化のスピードを格段に速度アップさせている。言ってみれば、五体投地の巡拝を終えてふと後ろを振り返ってみれば、そこには見たこともない風景が広がっているようなものだろう。

 天空を駆ける列車

 そんな異邦人の心配事を、車窓の外に流れながら展開してゆく、素晴らしい風景の数々が霧散してしまったのである。ラサを出発し、最初に感嘆の声をあげたのは、雪を抱いたタンラ山脈の姿であった。そして連続して展開してきたのは大草原地帯。しばし、無数のヤクの放牧風景に見とれてしまっていた。食堂車に移動した時には、チベット3大聖湖のひとつ、ナムツォの青い湖面が出迎えてくれた。野生保護区通過時には、中国人乗客と一緒になって、カメラのレンズでチベットガゼルの姿を追っていた。その後も夕暮れ時の黄河源流地帯、真夜中のゴルムト駅通過、一夜明けての青海湖や黄土高原地帯などなど、天空を駆ける列車の旅は、時間の経過すら忘却の彼方へと追いやってくれていた。気がつくと、赤濁する黄河の支流が現われ、いつの間にか車窓には高層ビルが林立する都会の風景が迫っていた。甘粛省・蘭州への到着時間が近づいていた。

 人間勝手なもんだね〜。

 いやなもんだ。蘭州に到着する頃には、チベット伝統文化の消滅への危惧を忘れて、大量物流を可能にした鉄道車窓の風景に心を奪われていた。人間勝手なもんだね〜。昨今のチベットのように、大量輸送時代を迎え、市場原理主義が横行し始めている中国の辺境地帯。便利さや表面上だけでの快適さの裏で、静かに潜行している、見えざる変化への観察眼を忘れたくはないものだ、と蘭州のホテルで一人反省のつぶやきを吐いていた。

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